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<江戸時代>アダルトグッズの歴史 さらに時代を下り、江戸時代に入るとどうも事情は一変したようです。 江戸時代というある意味、太平の時代(考えてみると今の世の中と似ている感じもしますねェ)に町民が経済力を持ち庶民文化が開花しました。性の取り扱いも随分とおおらかになっていたと想像できます(今だって戦争が終って50年、随分とおおらかになっているではないですか)。 そして、あの時代の特殊な事情も考慮に入れる必要が有りそうです。一つに大奥の存在。もう一つに参勤交代制度の存在です。一般に当時の江戸のセックスレシオは大幅に男性過多で有ったと言われています。このため江戸では吉原を筆頭とした男性の性処理をする施設が繁盛していました。一方で時の権力支配下、一部の特権階級層の廻りに強力な購買力を持った特殊な女性社会が形成されました。大きい物では将軍家のハーレム、大奥です。1千人規模の女性だけのいびつな社会と言えるでしょう。また、諸大名家には参勤交代が義務付けられ妻子は江戸に置いたまま当主は知行地と江戸と一年おきに行き来していましたから少なくとも大名の妻は一年おきに一年間孤閨を守る必要が有り”擬似男根”を代表とする女性用独悦器具の需要と購買力が相当あったと思われます。 また、商家を中心に町民も経済力を持ち妾を囲うようになれば孤閨を守る為の独悦の具ばかりでなくより積極的に性を楽しむ器具の需要が高まった事も想像に難くありません。 |
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こうした背景の中、1626年、両国薬研掘に四ツ目屋という性具秘薬の専門店がオープンしました。四ツ目屋の店内は人の顔も見えないくらい薄暗く、それほど人気もなくて客が声をかけて初めて店の者が奥から顔を出すといった有り様だったようです。まあ、物が買いにくい物だけにそうした配慮が有ったものと思います。けれども当時話題になったことは確かなようで、以来長らく性具は四ツ目屋道具、秘薬は四ツ目屋薬と呼ばれたそうです。この頃より”四ツ目屋”や類似の名前を冠した同業者が各地に出現したようです。 四ツ目屋とは別に性具の流通の重要な部分を担ったのは訪問販売の小間物屋でした。彼らは紅や白粉、爪楊枝などの細々とした物を行商する包みの底に性具を忍ばせ全国を売り歩きました。この当時、性具の購買層の内、かなりの女性が何らかの形で外出に制限が有ったと推定されます。また制限が無かったとしても”四ツ目屋”の類は前述のような有様であったと言いいますから女性が直接店に出向き買い物をすると言う(今もそうかも知れませんが)状況には無かったのでしょう。こうした女性にとって小間物屋は便利な存在であったと言えるでしょう。 一方で一般大衆にはこれらの性具は高嶺の花で大奥勤めの下女でさえ手が届かず台所に有った材料を用いた事を窺わせる川柳も見受けられます。ただ、”四ツ目屋”で売られる秘薬の方は長屋のおっかさんが旦那に使わせる事も有ったようで性具よりは一般的であったようです。 |
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次に当時扱われていた個々の性具を見て行くことにしましょう。 (1)張形大人のおもちゃ の歴史 性具の中でその代表と言えば張形でしょう。言わずと知れた擬似男根(dildo)で”男茎形”等とも言います。素材は色々と有るようですが水牛の角で使った物が代表的で特に高級な物は鼈甲製の物も有ったそうです。外側は男性のそれに似せた細工が施されていて、ちょっと意外なのが芯が削りだされ中空になっている事です。中空にする事によって適度の弾力が得られなかなか都合がいいようです。使用に当たってはぬるま湯で暖めるか綿に湯を浸した物やぬく灰を中空部に入れる事によって人肌の温度に近づけて用いたそうです(最近は電子レンジでチンできるチンも有るようですが)。 また根元に紐をつけてこれを足の踵に結び付けてハンズフリーで擬似騎乗位を楽しむ方法も有ったようです。この紐で女性の股間に取り付け別の女性に張形を挿入してレズプレイを行う事も広く行われていたようです。 張形には木彫りの物も有ったようで、近年汐留操車場の跡地調査で武家屋敷の有った所から出土しています。 張形の一種には”指人形”、”爪形”、”勢々理(せせり)”、”久志理(くじり)”等と呼ばれる小型の物が有り指に取り付けて使用していました。”せせり”というのは”クリ”を擦る事で、”くじる”は女性器をいじると言った意味があります。 (2)互形 大人のおもちゃの歴史 女性が二人が向かい合って、互いに慰め合う双頭の張形です。”比翼形”、”両首”、”千鳥”等とも呼ばれています。江戸の昔に既にこういう物が存在したのですがこれは先に述べたように特殊な女性社会が存在していた為でしょう。”レズビアン”と言えば昨今の新しい性の流れにあるような気がしていましたがそれなりに歴史も有るようです。 (3)吾妻形 大人のおもちゃの歴史 女性器に似せた男性用の独悦具で今で言う所の”ホール”です。ビーロードや革で作られていたようです。どちらにしても使用後の洗浄が難しそうな気がするのですがどうでしょう(そもそも現代のホールも使った事が無いので想像もできません)。 (4)助け舟 大人のおもちゃの歴史 男性器に装着して男性機能を補助する補助器具の類で、今で言うリングも含まれているようです。男性器の茎の部分に装着するのを”鎧形”先端の亀頭部に被せるのを”兜形”と呼んでいたようです。”兜形”には避妊の目的も有ったようですが必ずしも女性は喜ばなかったような川柳も残っています。一方”いりこ形”というのも有って”なまこ輪”、”姫泣輪”等とも呼ばれ、なまこを干して輪切りにした物です。現代のゴム製のリングみたいな物でしょう。根元に着けて入り口を狙ったり、くびれめに被せて挿入し膣の敏感な所を責めるのに使ったのでしょう。この手のリングは世界中に有るそうで馬のたてがみで作ったりやぎのまつげで作ったりシュロの繊維質を使った物も有るそううです。 (5)肥後随喜 大人のおもちゃの歴史 ハスイモの一種の茎の皮を剥いて乾燥した物です。ハスイモには、膣の中の粘膜擦り込まれるとむず痒くなりセックスの快感が倍増する掻痒成分サポニンが含まれているそうです。挿入時には違和感の無いようにズイキを柔らかくなるまでお湯につけ、人肌に温めて使用します。 その方がかゆみの成分も出やすいそうです。ズイキにはペニスに巻きつける紐型、ペニス形に編み上げた張形タイプ、亀頭の根元に装着するリング型の3種類が有ります。ズイキには指に巻きつけて、女性器の中を捏ねまわす”せせり”というプレイもあるそうですがズイキ汁まみれになった女性器はかゆみとえぐみで気も狂わんばかりだそうです。一度試して見たい気もしますねェ。 (6)りんの玉 大人のおもちゃの歴史 中国の”金瓶梅”には”勉鈴"として登場します。金属の大小2個一組の玉で大きい方は直系1cmほどでもう一つはやや小さく中が空洞になっています。大きい方には中に玉が入っていて2つが触れると澄んだ美しい音がするそうです。この振動が女性にはたまらないとのことで女性器に入れてセックスをするとえも言われぬ快感なんだそうです。 (7)せきれい台 大人のおもちゃの歴史 行為の時に女性の尻にあてがう枕の一種で今で言う腰枕をイメージすればよいでしょう。日本の女性は欧米人に比べ下つきと言われていてこうした物が考案されたと聞いていますが私の乏しい経験からするとそうでもないような気がするのですがいかがな物でしょう。 |
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これらは現在使用されている”アダルトグッズ”の原点とでも言うべき性具で連綿と今日まで受け継がれていますが最後にご紹介する物は大分趣が違います。 (8)ヘイコノインポ アダルトグッズの歴史 中国の房術には女性の愛液を服用する事により起生回春に効果が有ると説かれているそうですがこの女性の愛液を採取する道具がこの”ヘイコノインポ”です。ヘイコノインポの画で現存している物は少ないのですが右の画は数少ないヘイコノインポの画の一つです。画を見てお解かりのように脚付きの小皿の一端に張形が付いたような形をしています。どうやらこの張形を出し入れすることによって出てきた愛液を下の小皿に貯める、そんな用途に使う物のようです。 以上のように江戸時代において、日本の性文化と共に性具も進歩を遂げますがやがて明治維新で状況は一転します。 |
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<明治、大正、太平洋戦争まで>アダルトグッズの歴史 明治5年、政府は太政官布告を持って各種性風俗の改革をはじめました。封建時代から新時代への転換だけあって一般の生活風俗にも大胆なメスが入りました。10月には花柳界の客商売屋に祀られていた縁起物の張子の一物にいたるまで、風俗上よろしくないとの理由で一斉に捜査没収したそうです。そもそも商売上の縁起物であるので暮れの正月用品を売る市で取り扱っていたくらいでその量たるや大変なもので没収はしたものの当局もその処分に窮し大川に投げ捨てたと言います。そもそも張子の上、収まりがいいように基部に錘が付いていたためいずれも頭をもたげ浮きつ沈みつして流れたちまち河岸に黒山の人だかりができやんやの大騒ぎだったそうです。このように取り締まりが強化される中、それでも細々と”淫薬淫具専門の店”は生き残っていたようで当局の取締りといたちごっこが続いていたようです。 一方、所謂、花柳界は逆に一定の管理の元に衰えを知らず繁盛して、コンドームの需要は増えました。当初、薬屋などで販売していたようですが昭和に入るとこれらを性具と称して扱う”性具店”が銀座、神田、浅草に登場しています。当時の”性具"は江戸時代のものをゴム製品に置き換えた物が多かったようです。多少は新製品も有ったようですがその中で今日に名が残っているのが”処女帯”で今のペニパンツの裏返しのような物だったようです。街角でコンドームの自動販売機を見かけるようになったのもこの頃だったようです。昭和9年には頻繁に取締りを行っているので”性具店”の数も相当数に上ったと言う事でしょう。また、コンドームは通信販売も盛んになり今日のアダルトグッズの通信販売の下地を築いて行く事になります。戦時色が濃くなる中、性具の取り締まりも強化されピンク色やハートマークまでもが取り締まり対象になりました。その一方で、いろいろと議論の余地は有りますが徴兵によって集められた兵士にコンドームが支給され世の中の認知と普及が進んだ事は想像に難くありません。 <終戦後>アダルトグッズの歴史 終戦後生き残った性具店は渋谷に1軒、千住に1軒の僅か2店だったそうです。厳しい取り締まりの中、こけし人形(もう死語ですかねェ)や電気按摩機、怪しげなゴム製品等を細々と売っていたらしいです。 昭和23年、新しい薬事法が制定され全ての衛生用品の販売は厚生大臣の許可が必要になり事実上ほとんどの性具の製造販売が認められなくなりました。今、販売されているこの種の器具に顔が付いている大きな理由がここに有ります。即ち大人の玩具は人形であって性具では無いと言う抜け道です。昭和26年にはこのHPでもご紹介した性具の集大成”珍具考”が出版されています。 次に転機が訪れたのは昭和33年です。売春防止法が施行され、赤線や青線が廃止されると共に刑法や薬事法も緩和されました。 いずれにせよ、この頃、流通量が多かったのは今のジョークグッズの類でこけしのように直接使用を目的とするものも有りましたが見て笑える”大人の玩具”が多かったように思います。当時、既に物心が付いて東京の山の手地区で生活していましたが叔父や叔母が旅行の土産に買ってくるその手の”おもちゃ”等、当時は子供で何が面白いのかさっぱり解りませんでした。また、小学校の通学路には”家族計画”と書かれた自動販売機(当時の自動販売機はこいつとジュース位の物でした)が有った事を鮮明に覚えていますが何を売る物なのかまったく解りませんでした。(本当かよって?(笑)) |
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<ローター、バイブ時代>アダルトグッズの歴史 さて昭和30年代の半ば”ニューハニーペット”なる電動バイブ(このサイトのカテゴリーではスティックローターですが)が発売されました(申し訳有りません。色々と資料を当たったのですが発売された年を特定できませんでした。)。”ニューハニーペット”は爆発的にヒットし、これを契機にアダルトグッズのマーケットは急速に成長を始め東京や大阪にアダルトショップが続々とオープンし、通信販売も盛んになりました。 昭和41年、この業界にエポックメーキングな事件が発生します。日本発の大人のおもちゃ卸問屋である古田商会から本格的な電動バイブレーターの第一号”踊るアラビア人形”が発売されたのです。ただ首がくねるだけの物でしたが製造が間に合わないほど売れ電動こけしブームのきっかけになりました。翌47年には古田商会は満を持していまやバイブの代名詞的存在”熊ん子"を世に送り出します。これは首がくねるだけでなくクリトリスを責めるローターを装備した今日のバイブの原型とも言うべき物でした。昭和49年には量産体制も整い”玩具”としてヨーロッパに輸出されメガヒットとなり、これに類似品を引っさげた同業者が参入するに及んで一気に大人のおもちゃ 通販の市場がブレイクしました。 昭和47年、エロメディアで忘れる事ができないビニ本が現れます。このビニ本の流通ルートの一つに大人のおもちゃ 通販の店が組み込まれる事によりアダルトグッズの店の客層が大幅に広がりました。かく言う私も最初にこの手の店に出入りしたのはちょうど学生だったこの時期でした。ビニ本はアダルトビデオの発売と共に急速にシェアを失い衰退しますが、ご存知の通りアダルトビデオは大人のおもちゃ 通販ショップを支える重要な商品として売り場の多くを占めています。 <平成>アダルトグッズの歴史 暫くアダルトビデオや新手の性風俗の陰で少々影が薄かったもののアダルトグッズは穏やかに成長していました。バブルに沸く昭和の終わりから平成の初めにかけSMやらビザールと言ったジャンルが少しずつ陽の目を浴び始めています。もともとSMプレイは終戦直後のカストリ雑誌あたりから一部のマニアには支持されていましたがこの頃になるとアダルトビデオによる所も有ると思いますがファッションとして一般にも受け入れられるようになりました。 そして平成に入りバブル経済が崩壊するとアダルトグッズの業界も変わり始めます。定かでは有りませんが一説によるとバブル崩壊で余った生産力がこの業界に流れ込んだと言われ急速に商品展開が拡大され選ぶのに困るほど種類が増え、IC制御など機能も充実して来ています。 |
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<今現在>アダルトグッズの歴史 また海外ではアダルトグッズの供給基地であった香港からより人件費の安い中国に生産拠点が移り品質面での問題を除けば非常に安い製品が世界を席巻し日本の市場にも流入しています。このため少し前では考えられないくらい価格が低下して嬉しいばかりの活況をこの業界に与えています。 流通の面でも転換期を迎えているといえるでしょう。ご存知のようにインターネットが一般に広く普及して従来の販売チャンネルであった店舗、出版メディア等を通じた通販に加えインターネットを使った通信販売が販売ルートに加わり全国津々浦々まで中央と同じ流通を見ることになります。誰でもどこでも自宅で安く”Hの道具”を買える時代となりました。インターネットを使った通信販売は今全盛を迎えていますが難しい局面に変わりつつあるのもまた事実です。消費者はインターネット上で簡単に複数のネットショップを回ることが出来ますから価格競争が熾烈にならざるを得ないでしょう。国内でアダルトグッズを卸しているのはほとんど一握りの問屋ですから調達ルートは限られていています。ウェブショップも近いうちに体力勝負になり、昨今のガソリンスタンドのように淘汰が進むことが予想されます。 一方でこのサイトがそれなりに皆さんに御覧いただいている事からも市場が急速に拡大している事がわかります。暫くは市場は成長を続けるでしょう。新しいアイデアが商品化されることを期待しましょう。 |
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